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【短編小説】世にも奇妙なオタク物語『2078年のサブカル男子』

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「自分たちオタクが登場すること」と「奇妙であること」だけがルールの短編WEB小説企画、「世にも奇妙なオタク物語」。様々なジャンルの作品が掲載される予定です。

第1回は、サブカルを愛する佐伯ポインティ(@boogie_go)による、SF小説『2078年のサブカル男子』をどうぞ。

 

***

 

2078年。

バーチャル、現実を問わず、人類の価値観の対立は激しくなり、地球上に残された貴重な資源の奪い合いは激化の一途を辿った。

2万RTを超えた際に湧きだすクソリプのような血みどろの戦争が終わり、人類は価値観が一緒の人間たちで居住区を分けて、集団で暮らすことになる。

その価値観を決定するのが、「ブランド」である。

戦後、人々は衣食住を依存する「ブランド」を決め、そのブランドのコミュニティに暮らす人々は生涯、その店しか使えないことになったのだ。その子孫たちも、ブランドの中で生まれ、ブランドの中で暮らし、ブランドの中でまた新たな子を産む。

もはや、地区に住むのではなく、ブランドに住む時代になったのである。

こうして、世界一遊べる自律本屋型生活地区「ヴィレッジヴァンガード」に住む民族、“ヴィレッジヴァンガーディアン”が誕生した。伝統的サブカルチャーの守護者である彼らの民族に、1人の子が産声をあげる。

名を、大森フランキー。

フランキーは、父・大森官九郎と、母・みうらねむの子だ。

両親が好きなサブカル著名人の下の名前を子供につけるのが、ヴィレッジヴァンガーディアンの伝統だ。彼らは、ホログラム版「リリー・フランキーの人生相談」(第32543回目)で出会い意気投合したため、フランキーと名付けたのである。ちなみにヴィレッジヴァンガーディアンの第1世代は、自らの苗字をサブカルチャーを牽引した著名人にあやかって名前を改名した。父方の先祖は大森靖子、母方の先祖はみうらじゅんが好きだったのだろう。

フランキーの暮らすヴィレッジヴァンガードと、戦争が起きる前である2010年代に存在していた、店舗型のヴィレッジヴァンガードとは大きく異なる点が2つある。

1つ目は、細い高層ビルがいくつも刺さった巨大な城のような外見をしていることだ。

「ヴィレッジ」と呼ばれるこの建造物の中には、ヴィレッジヴァンガーディアンたちの居住空間が存在している。ヴィレッジのデザインを担当したのは、安藤忠雄と大友克洋と坂口恭平の人工知能たち。それぞれの人工知能の意思決定がせめぎ合ってデザインが確定した。

このようにヴィレッジヴァンガードは、サブカルチャーを牽引した人物をトレースした人工知能を多く保持している。その人工知能によって著名人のアウトプットは、その人物の生死に関係なく今もなお出続けている。菊池亜希子のムック本『マッシュ』はvol.3750を突破し、さくらももこのエッセイは8000冊以上発売され、星野源のコラム本は総計12万冊、ゆうこすのモテコスメ本は累計273万冊にも及ぶ。

2つ目の異なる点は、増えすぎた作品や雑貨に対応すべく、自律型リコメンドAI「VV」が発達していることだ。

個々人のカルチャーの嗜好、食事の好き嫌い、インテリアの好みなどに合わせてVVが全てをリコメンドし、居住空間に配送される仕組みになっている。

 『人間仮免中』を読み始めた次の日には、自宅に『アル中ワンダーランド』が届く。

『先生の白い嘘』と『ボーイズ・オン・ザ・ラン』を読破した瞬間に、『ヒメアノ~ル』と『宮本から君へ』が届く。

『社会人大学人見知り学部卒業見込』に満足すると、『女子をこじらせて』と『久保ミツロウと能町みね子のオールナイトニッポンやってみた』が届く。

『とんかつDJアゲ太郎』に興味ありと返事すると、『ヒップホップ家系図』と『ヒップホップ・ドリーム』が一緒に届く。

また、スターウォーズのTシャツを着るとスパイダーマンのTシャツが届き、デスソースをかけていると18禁激辛カレーが届くようになる。

 衣食住とカルチャーの全てが管理されており、ヴィレッジヴァンガーディアンたちは、自分で選ぶ労力をかけずに、好みの作品や商品に巡り会えるのだ。

そうして、ヴィレッジヴァンガーディアンたちがサブカルチャーの火が消えぬよう守りながら暮らす中、17歳になった大森フランキーは、ひどく退屈していた。 

 

***

 

大森フランキーは両親と同じく、多読家だった。タレント本も、デザイン雑誌も、エッセイも、漫画も、コラム本も読んだ。なぜなら、他にすることがないからだ。

ヴィレッジヴァンガーディアンは、VVのリコメンドに従って読書したり、食事したり、衣服を着たりすると、その度にいくらかの「V」が貰える。VVが発達する前の名残と言われる、黄色の紙に大きく文字が書かれたPOPが、貨幣として流通しており、「V」という通貨単位が名付けられているのだ。VVのリコメンド通りに何かを購入して消費するとVが貯まり、またVVのリコメンドによって商品を購入できる。フランキーは、生まれてこの方、ヴィレッジヴァンガード内での読書・食事・飲み会・デート以外のことを体験したことがなかった。

そのブランドに生まれた者は、ブランドの外には出れない。フランキーの過ごす毎日は、ヴィレッジヴァンガーディアンたちの当たり前の生活なのだ。

「毎日エッセイを読んだり、最近読んだ漫画について語ったりしてるけど、飽きた…もう飽きたんだ…」

フランキーは膨大な数の書籍や雑貨、服、レトルト食品、菓子、飲料に囲まれていた。

たとえば…『ウルトラヘヴン』、エドワード・ゴーリーのマグカップ、『波よ聞いてくれ』、『うみべの女の子』、『乱と灰色の世界』、『Tokyo graffiti』、『分校の人たち』、HARIBOグミ、『史群アル仙作品集 今日の漫画』、『クリームソーダシティ』、ネコノヒーのパスケース、『夏がとまらない』、『ブスの本懐』、シャクレルプラネット、『映像研には手を出すな!』、吉本ユータヌキの缶バッジ、『奇界遺産2』、NIXONの時計、『捨てがたき人々』、『東京都北区赤羽』、『有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいの漫画で読む』、『ジョジョの奇妙な冒険』、『モテキ』、コップのフチ子、『ジョーカー アンソロジー』、ウォンカチョコレート、『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』、『人間コク宝』、『ヘルタースケルター』、『マンガ サ道~マンガで読むサウナ道~』、たなかみさきのラージトートバッグ、『今 敏 絵コンテ集』、ねほりんぱほりの人形、『星を継ぐもの』、『恋と退屈』、愛まどんなのTシャツ、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』…などだ。

「Vをもらって、またVで何かを買って、またVをもらうの繰り返し。僕の人生は、このまま、ずっとこうなのかな…」

部屋での独り言は続く。

「僕は、何のために生まれてきたんだろう。きっと、何か理由があるはずだ…」

ブツブツ言いながら部屋を歩き回り、彼は人生の一番の友人であり執事でありマネージャーである、自律型リコメンドAI「VV」に話しかけた。

「ねぇVV、こういう時にオススメの本ないかな?」

フランキーは部屋の指向性スピーカーに向かって声を出した。透明なガラスの奥にあるスピーカーからは、機械的な音声が響く。

「該当件数は数億作品を超え、表示オーバーでス。人気度の高い作家の書籍とから順次配送いたしまス。」

「そんなにあるの!?生きる理由の答えが書いてある本が、あるんじゃないの?」

「いいエ。「何のために生まれてきたのか」という疑問が発生したときにオススメの本というオーダーは初めてですのデ、広範囲のコンテンツ検索にかけましタ。配送する作品の中に恐らくその質問に答えうる作品や疑問のヒントになる作品があると思われまス。」

「そんなに沢山あるんだね。探してくれてありがとう、VV。君のオススメは間違いないから、楽しみだよ。」

そうして、フランキーの元に届いたのは、ヴィレッジヴァンガードにある膨大な量の“小説”たちだった。

江國香織 、吉田修一、西加奈子、燃え殻、森見登美彦、恩田陸、町田康、辻村深月、村上龍、太宰治、筒井康隆、樋口毅宏、嶽本野ばら、芥川龍之介、角田光代、綿矢りさ、又吉直樹、山田詠美、宮沢賢治、三浦しおん、金原ひとみ、夢野久作、朝井リョウ、谷崎潤一郎、村田沙耶香、桐野夏生、三島由紀夫、安部公房、こだま、寺山修司、村上春樹、道尾秀介、伊坂幸太郎、佐藤正午、本谷有希子、よしもとばなな、湊かなえ、伊藤計劃、中村文則、桜庭一樹、カズオイシグロ、山崎ナオコーラ…

「エッセイとかタレント本は読んだことあったけど、今まで小説って読んだことなかったなぁ…。」

「はイ。過去の好みの小説の傾向が分かりかねますのデ、リコメンドが上手く機能せズ、申し訳ありませン。」

「いやいいんだVV、ありがとう。広く読んでみることにするよ。こんなこと生まれて初めてだな…わくわくするよ。君のおかげで何か分かりそうだ!」

「喜んでいただけテ、何よりでス。読了次第Vを付与いたしまス。本日もご利用ありがとうございましタ。」

そこから、フランキーが小説を読む日々が始まる。

そしてこれが、フランキーの人生を変える選択になるのだった。

 

***

 

フランキーは様々なジャンルの小説を乱読することによって、1つの疑念を強く抱きはじめていた。

自分は何者なのか。

思えば、何も考えずに、タレント本やエッセイや漫画を読んで過ごしてきた。しかし小説を読み始めて、登場人物が抱く深き悩みに、自分も悩まされることになったのだ。自分が今まで読んだ本は、タレントやエッセイストが悩んだり、挫折したり、迷ったりしても、解決してきた。もしくは冗談で終わっていた。

だが、小説は違った。悩んだまま終わったり、問題を抱えたまま、終わることが多々あった。

自分は何をするために生まれてきた、何者なのだろう。

そんな悩みが強まっていった時、フランキーはふと気付いた。

「生まれた時から、読む本も、遊ぶ友達も、デートする相手も、VVに勧められて、全てを享受してきたけど、僕は何も決めていない…。小説の主人公たちは、自分で決断し、行動することによって、人生に変化を起こしてた…そうだ…僕は、僕自身は、何も行動していないじゃないか!」

行動すれば何かが変わる、という信念のもと、フランキーはVVへの注文を自分で選んで頼み、行動することにした。

届いた丸尾末広のTシャツではなく、自分で選んだ漫☆画太郎のTシャツを着る。

『ぼのぼの』のマグカップではなく、RatFinkのマグカップで飲む。

配送されてきたGREGORYのリュックサックではなく、THRASHERのバッグを背負って外出する。

リコメンドされた『スクールガールコンプレックス』とTENGAでオナニーするのではなく、注文した『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』を読みながら自分の手でオナニーをする。

徐々に、フランキーは自分の意志で決定することに心地よさを感じていた。

時には好みと違ったものを注文し失敗することもあるが、次からは避ければいい、という学習に繋がるという考え方で、失敗を恐れなくなった。

 

そうして、読んでいた小説がなくなった頃、とある変化が起きた。

きっかけは、何気なく手に取った『月刊MdN』。そこでフランキーは、グラフィックデザイン、タイポグラフィ、アートディレクション、そしてクリエイティブ業界を知った。その日から、徐々にフランキーはVVに注文する本のジャンルが変わり出したのだ。

『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』『超AI時代の生存戦略』『考具』『Steve Jobs』『デザインノート』『お金持ちが肝に銘じているちょっとした習慣』『お金をちゃんと考えることから逃げまわっていたぼくらへ』『松浦弥太郎の仕事術』『ハーバードの人生を変える授業』『秋元康の仕事学』『多動力』『1万円起業』『センスは知識からはじまる』『夢を叶えるゾウ』『休む技術』『革命のファンファーレ 現代のお金と広告』…

そう、ヴィレッジヴァンガードの中に微量に存在していたビジネス書や自己啓発本によって、フランキーの意識は高まり始めていたのだった。彼は拳を握りながら決意する。

「僕は、この古い慣習にとらわれた地区から、圧倒的イノベーションを起こしてやる。まだ見ぬ外の世界に出るべき、クリエイティブな人材なんだ!」

そうして彼は、ヴィレッジヴァンガードから脱出するためのソリューションのアイデアを模索する日々を送った。

 

***

 

ヴィレッジヴァンガードに存在する、ビジネス書や自己啓発本の多くを読み込んだフランキーは、部屋でブツブツ独り言を言っていた。彼は沸騰しそうなほど脳を回転させながら、既存のコンセプトを刷新するような独創的フレームの考案を試行錯誤していた。

 「クリエイティブなアイデアが必要だ…自らの行動からしか、革命やイノベーションは起きないんだ…人生を変えてやる…変えるぞ…」

「おっしゃっている言葉の意味を理解しかねまス。何か私にお手伝いできることはございますカ?」

「うるさいんだよ!!!…おい…まさか、僕から仕事を奪おうとしてるのか…?お前みたいな、人工知能に助けてもらうことはないっ!!」

「お言葉ですガ、フランキー様の日々のコンテンツ消費活動ハ、旧時代の意味での「仕事」には該当しませン。」

「黙れ黙れ黙れ!何が消費活動だ!僕はな、毎日クリエイティブなアイデアを必死に考えてるんだよ!!実行に移すのは時間の問題なんだ!!!」

そうして、VVの音声が聞こえる指向性スピーカーに、近くにあった『30万円貯まる貯金箱』を投げつける。ピシ、という音を立ててヒビの入ったスピーカー防護ガラスを見て、フランキーはとあるアイデアを思いつく。

「なんてことだ…僕は勝手に、ここにいなきゃいけないと思い込んでた…既成概念に囚われていたんだ…。そうだ…そうしよう……僕は…ヴィレッジヴァンガードを、出て行く!」

そうして彼は部屋を出て、空の見える広場に行き、そこで本を積み上げる。大量のタレント本や自己啓発本、ビジネス書や漫画で円をつくるようにして、本を置いていく。本の塔は高く高く積み上がり、とうとう空の見えるガラス窓にたどり着いた。

「ずっと、壁だと思っていたけど、ここは窓だ。外に繋がっている、窓。ここを割って出たら、もう外の世界なんだ…」

光が強く、外の景色は見えない。だが、フランキーには、見たことない世界が広がっている予感がしていた。本の強度ではガラス窓は割れないと思っていたフランキーは、注文しておいた超合金製の『太陽の塔のロボ』を力強く握る。

「僕は!ここじゃないどこかに!!行くんだ!!!」

何度も叩きつけ、ヒビが入り、光が入る。

そしてフランキーは、光に包まれた。

 

***

 

「……あれ………ここは、ずっと前に『POPEYE』の特集で読んだとこだ…もしかして、渋谷…?」

フランキーはガラス窓を破り、ビルの高層階から出たものの、ビル自体は斜めに傾いていたので、落下せず地上に降り立ったのだ。

そして到着したのは、渋谷だった。しかし、まったく人のいる気配がない。なぜなら、多くの人間はフランキーと同じようにブランドに住んでいるからだ。

渋谷を歩くと、大きな「M」という文字と、生まれてから嗅いだことのない濃密な油と塩の匂いを感じる。

そう、マクドナルドである。

「美味しそうな匂いがする…これが外の世界…。これが、僕が望んでた世界だ!」

生まれて初めて嗅ぐポテトの匂いに気を取られ、彼は後ろから近づく足音に気付かなかった。

「Mで待ってるやつ もう Good night」

いきなり背後から殴打されて、フランキーは気を失う。

気がつくと、室内に寝ていた。

起き上がり周囲をフランキーは見渡す。

 明るいライトに、棚に置いてある物を包装するビニールがキラキラ輝いている。

ほのかに、遠くから音が聞こえる。そしてその音が、一定のリズムを保って、声と一緒に奏でられてることに気付く。

そこでフランキーは、なぜその室内に既視感があるのか思い当たる。

『Quick Japan』の誌面にたまに登場していた、見覚えのある店内だったのだ。

スピーカーから、声が聞こえる。

「NO MUSIC,NO WORLD!ようこそ、タワーレコードへ!」

いきなり大きな音を聞き、少し驚くフランキー。

「…タワーレコード…?」

「そう、そして我々はタワーレコーダー。音楽を守りCDに全て記録して生きる民族だ。Mで待ってた君は、きっとどのブランドに住むか決め兼ねていたんだろう。少し手荒な手段になってしまったが、迷える君をグレッチで殴って、ネオシティ探索回収型AI「Suchmos」に回収させた。もう悩まなくていい。」

フランキーは、別のブランドの居住区に無理やり連れてこられたことを認識した。

そこで彼はほのかに流れる音の正体に気付く。

これが、音楽だ。

彼は生まれてこの方、ヴィレッジヴァンガードに流れる「→Pia-no-jaC←」しか聞いたことがなかったのだった。

「君は今日からこの店の住人だ!ここには、宇多田ヒカルも、パガニーニも、ぼくのりりっくぼうよみも、Slipkontも、チャイコフスキーも、CreepyNutsも、björkも、ヤバいTシャツ屋さんも、TWICEも、PUNPEEも……なんでもある!!!さあ、CDを聴くんだ!まずは…」

そうしてフランキーは、音楽こそが、自分の人生を変えてくれるかもしれないと思い始めていた。

(終)

 

書いた人:佐伯ポインティ

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