DON'CRY -ドンクライ-

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「夢を諦め切れなかった。」元制作進行の総作画監督、小松真梨子氏インタビュー

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誰にだって叶えたい夢が一つはあったはずだ。

しかし、環境や才能、生活にモチベーションの問題など…そんな簡単に思い通りの人生なんて描けないのが現実。

けれど、「それでも諦められない。」そんな想いを、心の底に隠し持っていないだろうか?
だとしたら、そんなあなたにこそ知ってほしい1人の女性がいる。

アニメ『ナナマル サンバツ』『カードファイト!! ヴァンガードG ストライドゲート編』で総合作画監督を、『うたの☆プリンスさまっ♪ マジLOVEレジェンドスター』などで作画監督を、そして過去には『とある科学の超電磁砲』などで制作進行を担当された小松真梨子(こまつまりこ)さんだ。

アニメ業界では異例の「制作進行から作画」というキャリアを歩み、いわばクリエイターを支える側から、クリエイター自身へと転身された方である。

しかし、一体なぜ、小松さんはそんな異例のキャリアを歩んだのだろうか?
僕たちドンクライが小松さんの人生をお聴きする中で見えてきたのは、アニメーションの世界に対する深い敬愛、そして「夢を諦めきれない」という強い意志だった。

葛藤しながらも自らを信じ、キャリアを切り開いてきた小松さんの言葉は、どこか「本気になれない」僕たちの心に、小さな火を灯してくれる!

 

アニメが自分の価値観を形成してくれた

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——本日はアニメーターとして、いわば「異例」のキャリアを歩んでらっしゃる小松さんの、過去から現在に至るまで、その人生を語っていただきたいです。よろしくお願いします!

はい。よろしくお願いします!

——早速ですが、東京工芸大学アニメーション学科をご卒業され、アニメ制作会社に就職と、アニメまっしぐらなキャリアを歩まれていますが、子供の頃からアニメはよくご覧になっていたのでしょうか?

ええ。親が「見せておけば大人しくなる」と思ったのか、よくアニメを録画していたんですよ。だから、録画したアニメをずっと繰り返し観ていました。

——ちなみに、当時はどんなアニメを観ていたんですか?

テレビ放送されていた『幻夢戦記レダ』というOVA作品を、「面白いなぁ!」って思いながら何度も何度も繰り返して観ていましたね。

——ファンタジーの世界観に惹かれることが多かったのでしょうか?

だって、ファンタジーって、自分が現実世界で絶対に体験しえない世界じゃないですか? なにより、ずっと思っていることなんですが、私、行けるなら異次元に行きたいんですよ(笑)

——おぉー! そのお気持ち、めちゃくちゃ分かります(笑)

人によっては「このキャラがこちらの世界に存在してほしい」って言っている人がいますよね? でも、私は逆なんです。その世界に行きたいんですよ。そこで、モブAとして生きたい(笑) 特に『犬夜叉』の世界には行きたかったですね。一行が立ち寄った村の村人Aとして、助けてもらいたいとか思ってました。

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(出典:amazon / ©小学館)

——なりたいのが「かごめ」じゃなくて「村人A」なんですね(笑) では、そんな子供時代にアニメから何かを教わった経験はありましたか?

勿論です。家とか学校とか狭いコミュニティの中でしか生きてこなかったので、アニメやマンガが、違う価値観を知れる唯一の窓口だったんです。作品を通して、「こういう考え方もあるんだ」って、色々な価値観を学びました。

——例えば、どんな作品でしょうか。

沢山あるんですけど、やっぱり『フルーツバスケット』ですね。 

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(出典:amazon / ©白泉社)

草摩夾という登場キャラがいるんですが、彼のセリフにハッとなったことがあって。

俺はちゃんと一緒に考えて…悩んでほしかったんだ。怖がってもいい。醜い姿を愛してくれなくても。
でも、それでも一緒に生きていこうって。馬鹿みたいだそんな事。そんな事絶対誰も口にしてはくれないって思ってた。思っていたのに

怖がるっていうのは負の感情ですけど、そんな感情でもいいから自分を直視してもらって、存在を認めてもらいたかったって言っているんですよね。

——僕らも凄く好きな作品です。そして、その感情をまるごと主人公に肯定される……素晴らしいシーンでしたね。

ええ。「こういう他人の受け入れ方もあるんだ」とすごく感動して、もう『フルーツバスケット』が私の価値観をある程度形作った作品だと言っても過言じゃないレベルで好きなんです(笑)

 

アニメーターを志すも、収入の問題から制作進行に

——そんな小松さんが、アニメ業界を志すようになったのはいつからだったんですか?

中学生の時ですかね。『もののけ姫』を観たときに、私思ったんですよ。「私、将来は絵を描く人になってる」って。

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(出典:amazon / ©ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社)

——なんですかそれ! かっこよすぎませんか!(笑) ちなみに、どうしてそう思ったんでしょう?

自分でもよく分かりません(笑) それからは学校に行っても家にいても、ずっと『もののけ姫』の絵ばかり描いてて。高校1年生のときに『「もののけ姫」はこうして生まれた。』っていう『もののけ姫』が完成するまでを追ったドキュメンタリーのVHSを買いまして。そこで初めてアニメの世界に様々な職種があることを知ったんです。

——なるほど〜。でも、小松さんは制作進行(アニメ制作におけるクリエイターのサポートや、全工程のスケジュール管理及び各部署の橋渡し役)からキャリアを進められていますよね? 絵を描きたかったのであれば、アニメーターのスタートである動画マンから始めるのが王道だと思うのですが…。

確かにその通りです。私も当初は作画担当になりたかったので、動画から始めたかった。ですが、現実的にその道を選択することは難しくて……。

——それはやはり、生活の問題でしょうか…? 新人動画マンの年収は平均100万円と聞きます。

ええ、そうなんです……。しかも、当時東京に一人暮らしで、実家から援助してもらうことも難しく、大学にも奨学金を借りて通っていたので、それも返さないといけない。そうなった時に、どうしてもアニメーターの仕事を選ぶことはできませんでした。

——そうだったんですね……。

でも、アニメ作りには関わっていきたいという思いはあった。そこで制作進行という仕事があることを知り、その道を選びました。

——叶えたい夢と現実との葛藤があったんですね…。ただ、失礼を承知でお訊きするのですが、制作進行も無論、作品作りに参加してるとは思うのですが、やはり自分の手でモノを作っている訳ではないじゃないですか。

ええ。

——そんな中、目の前で出来上がっていく原画を見て、作り手に憧れを感じる瞬間はなかったのでしょうか?

……私もプロとしての覚悟はあったので、制作進行になったからには作画を諦めて、制作でやっていくと腹はくくっていました。けれど……。

——はい……。

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上がってきた原画を見て、すごく良いものが上がってくると、どうしても心が震えてしまうんです。「私も描きたい」って!

——あぁ~……。作画への抑えきれない想いが湧いてきてしまったんですね…。

一番のきっかけは、制作進行として初めて担当話数を持ってから1年目くらいのときです。それぞれのカットを見直して修正する作業があるんですけど、制作進行というのは待つことしかできないんです。
締め切りが迫る中で寝る間も惜しんで、作業しているスタッフを目の前にしながら、私には何もできることがなくて…。申し訳ない気持ちでいっぱいになって。
作業する側になりたい」。このときに強くそう思ったんです。

——「自分の手で絵を描きたい」という想いですよね。作画以外の道は考えなかったのですか?

実は、制作進行から入った人は演出になるというが従来のキャリアとしてあったので、私も演出になろうとしていた時期はあったんです。

——そうなんですか!

でも、一度勉強で絵コンテを書いたときに「あ、私演出になりたいんじゃなかったんだな」って思ってしまったんです。

——え、どうしてですか?

私が描きたいのは具体的なキャラクターの芝居だってことに気づいたんです。キャラクターに想いを馳せて、表情や動きをイメージする方が楽しかった。描きたいのは絵コンテじゃなかったんです!

 

私、この言葉が欲しかったんだ! 背中を押してくれた『彩雲国物語』

——ちなみに制作進行はどれくらいやられていたのでしょうか?

5年です。

——ご、五年ですか…それは重いですね。そんな制作進行としてのキャリアを一度手放し、作画としてゼロからスタートを切るというのは、怖くなかったのでしょうか?

もちろん怖かったし、辛かったですよ。でも、そんなとき勇気をもらったアニメがあって。

——何という作品でしょうか。

『彩雲国物語』というアニメです。

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(出典:amazon / ©角川書店)
この最終話のシーンで、国の重要なポストに就いた主人公の女性が、求婚されて愛と仕事の間で葛藤するんです。でも、その末に彼女は仕事を選ぶんですよね。その時のセリフが、これだったんです。

私、変わらないわよ?
(中略)
歩いていきたいの、もっとこの先へ。 

———それは、感動的ですね…! やはり、目の前で必要とされているキャリアを置いて、新たな道に進もうとするご自身と、重なる部分があったのでしょうか?

はい。刺さったんですよね。「私、この言葉が欲しかったんだな。行きたいところに行っていいんだな」って。

———まさに出会うべくして出会った作品ですね!

はい。それからは、自分の座右の銘に「意思あるところに道あり」という言葉が追加されました(笑)

 

「言わなきゃ殺られる」制作進行で学んだことは「全部伝えるし、全部聞く」

——その後はどういう経緯を経て作画をすることになったのでしょうか? やはり動画からスタートしたのですか?

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実は、私、動画を経験していないんです。原画からスタートしました。

——えぇぇぇー! それもアニメーターとしては異例のことですよね?

はい、珍しいケースだと思います。実は、ある作品の制作進行をやりながら、上司の理解と協力のもと、原画を書かせてもらっていた時期があったんですよ。

——ほ、本当ですか……。制作進行の仕事って、月に600時間働いたりするような滅茶苦茶ハードな仕事だと聞いていますが、その裏で……! 作画との両立となると、かなり大変だったんじゃないですか……?

そうですね。余裕のある時間なんて基本的にないんですけど、上司に「作画をやりたい」と打ち明けた時に、条件として出てきたのが「制作進行の仕事をきちんとやり遂げること」だったので。そこはもう私自身のプロとしての意地もありました。

——いやぁ~……恐れ入りました! ちなみに、そんな制作進行のお仕事で、大切にされていたことってありますか?

 「全部伝えるし、全部聞く」ということですかね。

——どういうことでしょうか?

 

制作進行の基本は「言わなきゃ殺られる」なんです。文字通り「殺」られるんですよ。

——すみません、笑ってしまいました(笑)

制作進行は納品までの全体のスケジュールを決めないといけないんですけど、スタッフのこうしたいああしたいという全員分の意見を同時に反映させることなんて不可能なんですよ。こっちの意見も正面からぶつけていかないと納期に間に合うスケジュールが組めないんです。

——その結果、作品自体が破綻してしまう恐れもありますもんね。

ええ。だからと言って、クオリティーを犠牲にするわけにもいかないのが難しいところで。
だから、私はスタッフさんが気持ちよく作業してもらうことが1番だと考えた結果、相手にも言いたいことを全部言ってもらって、お互いが納得した妥協点を見つけるようになるんです。
だから、「全部伝えるし、全部聞く」。これが制作進行で学んだ大切なことです。

——自分の要求も主張し、相手も受け入れ、妥協点を懸命に探す…。そんな精神をすり減らすような仕事の裏で作画をされていたというですから、驚きです……!

でも、勘違いして欲しくないのが、決して練習ではないってことです。たとえ新人でもプロとして仕事をとった以上、プロなんですよ。たとえ下手くそで笑われようとも、たくさん修正が入って戻ってこようとも、私はプロだと思って仕事をしていました。

——小松さんのプロ意識と不屈の精神には心打たれます……。

いえいえ、制作進行のときに嫌というほど、失敗したり、怒られたり、迷惑かけたりしてたので……。
でも、いつも「転んだって、ただじゃ起きねぇぞ」って思っていたんです。10失敗しても1学べたら10の失敗も無駄じゃないんだと、自分に言い聞かせて前を向いてきました。

——なんだか小松さんの語られる言葉には芯があって、迷いが一切見えないですよね。何か心がけていることがあるんでしょうか?

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そうですね……私、言霊を信じているんですよ。例えば、「自分はダメだ」とか言っちゃったりすると、何かがこびりつくような気がするんですよね。だから、「自分はダメだ」って、思った時点で自分の負けなんです。ずっと自分と戦っているんですよ。負けず嫌いなので、なにくそ!と思いながら毎日を生きています。

 

アニメーターとは、カメラマンであり、演者でもある

——そうした経緯を経て、原画や作画監督などをやられているわけですが、アニメーターとしてのご自分の強みって何だと思われていますか?

やはり、制作進行を経ているので、アニメ制作の全ての工程で必要なことを知っているという点ですかね。監督や演出や作画監督や他のスタッフが、何を求め、どういう修正をしたのかということを制作の現場でこの目で見ている。だからこそ、何が今求められているのかを察知する能力が養われたと思います。

——なるほど、そうやって今に活きているんですね。

あとは、このシーンはこの話の中でどういう意味を持っているのかということを読み解く力ですね。コンテを読み込んだり、原作を読み込んだりするのは、進行として何十本何千カットと見てくる中で習慣になりました。
でも、こういう作業をやっている原画さんと、やっていない原画さんでは上がりの質が全然違うんですよ。こういうことを知った上で、新人の原画になれたっていうのはすごく大きかったですね。

——そう言われると、作画の現場で制作進行時代の経験が活かされていったのは意外なようで、凄く納得感がありますね。ちなみに、絵を描いているときの小松さんはどんな様子なんですか?

作品の世界に没頭してます。作業中にいきなり話しかけられて、「ハッ、私今どこにいたっけ?」となるくらい(笑) 作業中は音楽を聴いているんですけど、自然と音が聴こえなくなって、フゥ…と一息ついたときに周りの音が戻ってくるんです。

——なんという没入力!(笑) そういう時は何を考えて作業をされているんですか?

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まず、私はそのアニメの世界が「本当に実在している」と思って仕事をしているんですよ。

——え、それはどういうことですか?

アニメってフレームの中の部分しか、物としては見えないんですけど、本当はこのフレームの外にも作品は広がっているんですよ。私はカメラマンとして一部を切り取って、一番良いシーンを見せているという感覚です。

——なるほど。その世界の住人になって、キャラクターに対しカメラを向けているということですか?

そうです。でも、ときには演者にもなるんですよ。

——ど、どういうことですか?

例えば、『ルパン三世VS名探偵コナン THE MOVIE』という映画で、とある緊迫したシーンの作画監督を務めたときの話なんですけど。

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(出典:amazon / ©バップ)

作画がやってはいけないことの一つに、疑問を生ませてしまうことがあると思っていて。シーンの緊張感に見合ったキャラクターを存在させてあげないと説得力がないじゃないですか?

——たしかに「ん…?」ってなると、視聴者の集中力は途切れてしまいますね。

だから、命が懸かっているこの場面で、コナンはどんな表情をするんだろうとか、ルパンが必死の思いで操縦桿を握るとき、体にはどんな風に力が加わるんだろうとか、登場人物になりきるんです。

——小松さんは脳内でコナンやルパンになりきっているということですか?

そうです。あるときはコナンになりきったり、あるときはルパンになり、あるときはルパンのすぐ側で見ているカメラマンになったり、そしてまたあるときはそのシーンを俯瞰で見ている自分がいる。それを瞬時に入れ替えしながら、絵を描いているんです。

——えぇぇー! 脳内忙しすぎじゃないですか!(笑)

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そうなんです(笑) だから、「小松さんは楽しいシーンを描いている時はすごく楽しいオーラを出しているし、悲しいシーンを描いている時はすごく悲しいオーラを出している」とよく言われます(笑)

——現場での小松さんを一度見てみたいです(笑)

見ないでください(笑) でも、そのキャラの感情を自分にトレースして、同じ感情にならないと、やっぱり本当の表情や仕草って出せないんですよ。

——いやぁ~…アニメーターってすごいなぁ…。

 

人一倍の努力を通じて、キャラクターデザイナーを目指す

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——小松さんはどういうときにアニメーターをやっていてよかったって思いますか?

最初の話に戻りますが、私はアニメを通して、日常とは違う世界に触れ、世界が広がったんです。だから、自分が携わった作品を通して、「世界が広がった」と感じてくれたら嬉しい。その想い一つでやっています。

——アニメの世界を愛し、アニメで価値観を形成してきた小松さんならではの想いですね。では最後に、そんな小松さんの「歩いていきたい、もっとこの先」を教えていただけますか?

役職で言えば、やっぱりキャラクターデザインを担当するのが目標です! 周りには凄腕のアニメーターさんがたくさんいます。そんな中、自分は人一倍努力しないと何事も身につかないタイプだと思っているので、少しずつ自分の画力を上げて、魅力のあるキャラクターを描けるよう努力していきたいです。

——自分を信じ、目標を達成してきた小松さんになら、そう遠くなく出来てしまう気がします。本日はどうもありがとうございました!

ありがとうございました!

 


5年という制作進行としてのキャリアを一度手放し、ゼロからスタートを切る覚悟は相当のものだったに違いない。

それでも、小松さんは「絵を描きたい」という自分の想いに嘘をつかなかった。

そんな小松さんの迷いのない言葉を聞くと、どうしてだろう、心の奥底に閉まっていた想いが不思議と動かされていく。

確かに、人生どうにもならないこともある。

でも、本当に「やりたい」という震えるような想いに直面した時、一度全てを置いて挑んでみる価値はあるのかもしれない。

今夜も流れるテレビアニメ。その裏にはきっと、小松さんのように夢を諦め切れなかったクリエイターたちの信念や人生、そして熱量が、秘かに、だけど確かに、息づいているのかもしれない。

取材・文: