『ルギアをオカズに…』で昨年インターネットを騒然とさせたドンクライの人気ライター稲田ズイキ。今回から、月に一本、彼の連載【エモを探して三千里】が始まりました。お楽しみください。
もはや誰も「エモい」の加速を止めることはできない。
ついこの前「アルメニア共和国エモい」というツイートを見つけた。
一体なにがエモいというのだろうか。誰も理解することはできない。
だがしかし、たとえ理解されずとも、誰も彼も「エモい」と言いたいのである。
そう、この世はまさに5億年前のカンブリア紀に匹敵する「エモ大爆発時代」なのだ。
では、なぜ「エモい」がここまで氾濫しているのか?
僕の導いた答えは、「言葉は遅い」からだ。
言葉は遅い。圧倒的に遅い。
アニメを見て、漫画を読んで、ライブを見て、その湧き上がる感情を「嬉しい」「悲しい」「楽しい」と表現しているうちに、我がエモは枯れてしまう。
つまり、「エモい」は言葉よりも先走るエモーションの表れ。
そう、我々は圧倒的に速く、我が感情を伝えたいのである。
感情が完全に整ってしまう前に、己の芯を突き動かす感動物に対して、「うぉぉ!」と吠え散らかし、その咆哮をみんなと共有したいのである。
その媒体物こそが「エモい」という言葉なのだ。
エモい、エモいぞ。お前らエモみが深すぎる…!
さて、そんな「エモい」の使い手の皆さん、そろそろ普通のエモには飽きたのでは?
とびっきりこってり、エモの天下一品を喰らいたくはないか?
そして、叫びたくはないか?
「エモモモモモモモモモモモモモい!!!!!!」と。
満を持してオススメしよう。柴田ヨクサル先生の将棋マンガ『ハチワンダイバー』だ。
アンジェラ・アキのエモを1とするなら、ハチワンダイバーのエモは1000000000億だ。
なんて発音していいのかわからない。「じゅうおくおく」という数値だ。0の数だけエモが強いのだ。
この記事の続きなんて読まなくていいから、1巻だけ、頼むから1巻だけでいいから、試しに読んでみてほしい。
ハチワンダイバーは、まさに作品自体が「先走るエモの表れ」。
1巻を読み終わった後は、間違いなく得体の知れない涙で顔面ぐちゃぐちゃになるはずだ。
そう、ハチワンダイバーは僕が読んできた漫画の中でNO.1エモ、「エモの極み漫画」なのである。
一体いつから将棋マンガだと錯覚していた?
そんなハチワンダイバー、「将棋のルールがわからない」という理由で、将棋未経験者たちから敬遠されることが多い。
ここで、章題の登場。
「一体いつから将棋マンガだと錯覚していた?」
藍染惣右介もそう言わざるをえない。
そう、ハチワンダイバーは、もはや将棋マンガではない。
たしかに作者は将棋を取り扱っているものの、堪えきれないエモみの溢れみから、将棋というゲームの形式を置き去りにしているのである。
だから、将棋のルールを知らなくても、「エモい」と捉えられる感性があれば100%楽しむことができる。
「将棋を95時間指し続ける」「謎のオーラを発し始める」など、将棋を超えた文字通りの死闘が作中では描かれる。
ハチワンダイバーの世界で「こいつらマジか・・・」というツッコミは禁句だ。
強いていうなら、全員ボケ担当のオールタイムギャグショーだが、作品に漂う空気が真剣すぎて、絶対にギャグには見えない。
似たマンガに『テニスの王子様』がある。
試合中に相手を処刑し、当然のごとく試合中に分身する『テニスの王子様』は人間として能力がバグっているため、もはやテニスマンガではないと言われる。(テニヌと呼称される)
しかし、そんなテニプリと大きく異なること、それはハチワンダイバーは登場人物の感情が圧倒的にバグっているのである。
どいつもこいつも将棋にかける想いがバグっている。
ハチワンダイバーが描いているのは、もはや将棋ではない。
繰り広げられるのは将棋に人生を捧げてきたもの同士が、将棋盤という媒介物を挟み、互いの人生をぶつけ合う、魂と魂のセッションだ。
対局中にジイさんが「鼓動逆算」と叫ぶ。
その言葉の意味は何度読み直しても、いっこうにわからない。
わかるのは、「命をかけて将棋をしている」ということだけだ。
気迫で1ミリも目が離せない対局シーン。
ジイさんの心臓の鼓動がだんだんと大きくなっていく。
対局中にジイさんは死ぬ。
お分かりだろうか、「将棋で普通に人が死ぬ」のである。
物語の後半になってくると、一局の将棋の勝ち負けと、物理的な意味での生と死の境目がほとんど存在しなくなる。
ハチワンダイバーでは、命の概念がゲシュタルト崩壊しているのである。
だから、僕は人にハチワンダイバーを勧める際に必ず忠告している。
「半端な覚悟で読むと、自分の死生観、丸ごと持っていかれちまうぞ」と。
「人生長生き、ゆるふわ人間でいっか〜」と考える人間がいたとする。
そいつが一度ハチワンダイバーを読めば、間違いなく「人生、燃え尽きて死にたい。」と心の底から思ってしまう。
それくらいの危険性、ある種のドラッグのような効き目を持っているマンガなのだ。
特に、大きな挫折を経験したことのある人が、ハチワンダイバーを読むとやばい。
濃縮還元100%エモ台詞に脳天をブチ抜かれる。
ハチワンダイバーに出てくる棋士たちは、真剣師(しんけんし)と呼ばれる賭け将棋をする者達。
プロ棋士にはなれなかった落ちこぼれ者ばかりだ。
同じ将棋マンガの『3月のライオン』がエリートプロ棋士を描いていたのとは対照的である。
そんな登場人物が発する言葉は名言のオンパレード。
まだ読んでない方は文脈を知らないので、「はぁそうですか」という感じにしか伝わらないと思うが、このコマとかは「らめぇぇぇぇもうこれ以上エモを刺激しないでェェェ」状態なのだ。
俯きがちな心にエモの火を灯してくれること、間違いない。
原始的な愛情表現にエモ、限界。
さて、ハチワンダイバーがエモの極みたる理由をもう一つお伝えしよう。
それは、物語が「ボーイ・ミーツ・ガール」で構成されているからである。
ボーイ・ミーツ・ガール。つまり、少年が少女と出会って恋をする物語。
古くは『天空の城ラピュタ』や、『交響詩篇エウレカセブン』など、数多くの人気作品がこの形式に基づいている。
「ボーイ・ミーツ・ガール」が無性に僕らのエモを駆り立てる理由はなんなのだろう?
それは僕らが「誰かを愛することが怖い」と思っているからなのではないか。
誰かに気持ちを伝えることも、自分を誰かに捧げることも、怖いのである。
だって、自分にさえ自信を持てないのに、自分の心をむき出しにしてしまったら、逃げ場がなくなってしまう。
僕はパズーのように命を投げ売って、シータを助けにいけやしない。
レントンのように、エウレカを救うため、単身敵陣に突入できるわけがない。
「君が好きだと叫びたい」のに叫べないのである。
夜な夜な一人、部屋の中で突発的に吠えることがある。
「俺だって、命を投げ売って、好きな人を守りてぇ!!救いてぇんだよ!!」と。
でも、現実はそんなことできやしない。気持ちを殻に閉じ込めるだけ。
そんなやりきれない気持ちをボーイ・ミーツ・ガールの物語は爆発させてくれる。
伝えられなかった僕のあの日の思いを、パズーが、レントンが叶えてくれるのだ。
これを「エモい」と言わずしてなんというか。
これこそ、ボーイ・ミーツ・ガールが最高のエモ増幅機である理由。
恋のカタルシスだ!!!
(大声で言うと、恥ずかしい)
そんなボーイ・ミーツ・ガール狂の僕にとって、ハチワンダイバーの主人公とヒロインの二人のストーリーは最&高の3文字に尽きる。
これは宿敵にヒロインが寝取られそうになり、主人公が救出しにいくシーン。
(ヒロインは受け将棋が得意なため「受け師さん」と呼ばれる)
主人公は「受け師さんを救いたい」その気持ち一心しかない。
難所を突き進むために、ヒロインを脳内で思い出すのである。
思い出すのは、どうしようもない自分を認めてくれたこと。
「ちス」「涙」そして、「笑顔」。
ハチワンダイバーが圧倒的熱量で教えてくれるのは、単純だけど、僕らが忘れてしまっていること。
「自分が好きな人を全力で愛すること」だ。
恥ずかしい。痛い。怖い。圧倒的に原始的だ。そう思うのも仕方がない。
でも、複雑そうに見えるこの世界は、もっとシンプルな思いで成り立っているんじゃないか。
「愛する人を守りたい。」この気持ち一つで世界は変わるんじゃないか。
そう思い込ませてくれるだけの不思議な説得力がこの作品にはある。
愛する人の守り方も実に原始的だ。
常識とか、ルールとか、将棋マンガであるとかないとか、そんなことはもうどうでもいいのである。
物理だ。圧倒的に物理なのである。僕らは愛する人を守るときには物理的に戦わないといけないのである。奇声をあげながら、原始人のように。
この後のシーンで主人公は戦う。
将棋しか指してこなかった男が、ブレブレのファイティングポーズを構えて、骨をバキバキに折りながら戦うのである。
その姿、まさにエクストリーム of エモ。
この主人公の顔を見よ。愛する人のために戦うとき、男はすまし顔なんてできねぇんだよ。
なんども読み返しては涙が止まらない名シーンである。
頼むから読んでくれ。
まだ読んだことのない方、いかがだったろうか。
エモ1000000億濃縮の快感を少しでも味わってもらえただろうか?
個人的には、2年ぶりに読み直したハチワンダイバーは、「己のエモに身を任せて、原始的に、愚直に生きろ」そんな風に語りかけてきたように思えた。
いい、何度読み返してもいい。
騙されたと思って、まずは1巻を読んでみてほしい。一生のお願い。
ハチワンダイバー 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)
- 作者: 柴田ヨクサル
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2012/08/24
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