「自分たちオタクが登場すること」と「奇妙であること」だけがルールの短編WEB小説企画、「世にも奇妙なオタク物語」。
第2回は、ハロプロをはじめアイドルカルチャーを愛する稲田ズイキ(@andymizuki)による、ファンタジー小説『私はAI。加護AI。』をどうぞ。
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「何度やっても加護がタバコを吸っちまう!」
22万5001回目の【タイムマサイ】。
時空を超えるオタクは、絶望に打ちひしがれて、そう叫んだ。
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オタクの名は「織田 取夫(おだ どるお)」。2000年3月にアイドル「加護亜依」がモーニング娘。に加入して以来、加護オタクを貫いてきた男だ。
彼が時空を飛び続けるわけ。それはある加護亜依に起きた「ある事件」をどうしても避けたかったからであった。
2006年2月。東京都内のレストランで喫煙していた加護亜依は、週刊誌『フライデー』の記者にその姿を撮影される。このとき、加護は18歳。未成年であった。
この喫煙報道以降、芸能活動停止、不倫報道など、加護のアイドル人生は波乱の一途を辿ることになる。
「おい嘘やろ、あいぼん……。昔みたいに、日本の未来はWOWWOWWOWって歌ってくれや……。モーニング娘。を信じとったら、明るい未来に就職できるんとちゃうんか……。青春の1ページって地球の歴史からするとどれくらいなんや……。加護ちゃんがいないと俺の青春ゼロで終わりやないか? だって、加護ちゃんに恋をしちゃってんだよ俺は……!」
“加護ちゃんガチ恋勢”であった織田にとって、喫煙報道のショックは計り知れないものがあった。
「俺の好きだったあいぼん消えちゃったんやけどwwwwwwwwwwwww」
彼にできるのは、悲しみを紛らわせるために、2chの掲示板で草を生やすことだけであった。
織田が許せなかったのは、自分自身であった。
一般的なアイドル像とは程遠いスキャンダルを重ねていく加護亜依。その加護亜依に、自分がかつて応援していたアイドル「加護亜依」を重ねることができなかったのである。
「あの喫煙発覚さえなければ……加護ちゃんは幸せなアイドル生活を送れてたはずや……」
彼はオタクとして、ある種ねじ曲がった、悟りの境地に達していた。そして、その悟りが、彼に眠っていた「ある能力」を開眼させた。
それが、過去・未来を自由自在にジャンプすることができるオタク能力【タイムマサイ】である。
※マサイ:オタク用語。ライブ中に連続的にジャンプする応援方法のこと。
彼はオタクさながらに、飛んだ。否、オタクゆえに飛び続けたのだ。
彼が目指したのは、ただ一つ。加護がタバコを吸わない世界線を作ること。
「人生ってすばらしいって加護ちゃん『I WISH』で歌ってた。あの頃の加護ちゃんを取り戻すんや……誰よりも俺が加護ちゃんを知ってるから、誰よりも加護ちゃんを守ってあげなくちゃなんや……。行くでぇぇぇぇセクシービィィィィィィィム!!!!!」
時空転移は『恋のダンスサイト』のセクシービーム(矢口ver.)の振りコピがトリガーとなった。こうして、織田は過去へジャンプを繰り替えし、加護がタバコを吸いそうな要因をすべて排除していこうとしたのだった。
しかし、【タイムマサイ】による過去改変も、これで22万5001回目の挑戦。
それでも必ず、「何度やっても加護がタバコを吸っちまう!」のであった。
そして、なぜか加護がタバコを吸う世界線の場合、決まって、辻は杉浦太陽と結婚し、矢口は不倫し、メロン記念日は売れなかった(ただし一部のドルオタからは絶賛される)。
「何度俺はループしたら、加護を救えるんや……」
織田の肩は重かった。
***
22万5002回目の【タイムマサイ】の直前、織田は「LOVEマシーン」の歌詞を思い出していた。
日本の未来は
世界がうらやむ
恋をしようじゃないか!
Dance! Dancin' all of the night
未来という言葉に何か引っかかりを感じて、一つの気づきに至った。
「あかんあかんあかん、モーニング娘。ダンスしてる場合ちゃうウウウウウ!!恋してたらあかんねん!!タバコ吸ってしまうのも結局、恋のせいや!!!!!日本の未来、恋なんかしてたらあかんで!!!!!!!!」
歌詞を頭の中で反芻し、出てきた答えは一つだった。
「自分の大好きなあの加護ちゃんは、もう未来にいないのかもしれへん……」
どれだけ過去を改変しても、加護は喫煙をする。もう未来に、彼の愛した加護はいないと割り切ったのだ。
この悟りに至った瞬間、彼は22万5002回目の【タイムマサイ】で、ずいぶん遠い未来へとジャンプした。
2018年、2045年、2060年・・・・
彼が到着したのは、2066年の10月。
未来に加護がいないと悟った彼がなぜ未来に?
彼には一つの狙いがあった。
***
2066年から2009年1月。
織田は未来から舞い戻り、理想をその手に入れていた。「ENDLESS KAGOAI」である。
その奇妙な形容詞が付された加護亜依こそ、織田が遠い未来を訪れ、手に入れたものであった。
「やっと……これで……安心して加護ちゃんを眺められる……」
コピーアンドロイド。2066年には人間の身体・精神などの情報がすべてデータとして保管され、そのデータに基づき限りなく人間に近づけたアンドロイドが作成されていた。
彼が行ったのは、加護の喫煙以前の生体データに基づいて、コピーアンドロイドを造ること。
これが彼の「ENDLESS KAGOAI」の正体だったのである。
「ENDLESS KAGOAI」は、入力された生体データの範囲内でしか言動をしない。喫煙をすることもない、恋愛もすることもない、アイドルの”卒業”すら存在しない。
いわば、人工知能の加護亜依「加護AI」だ。
加護AIは毎日、彼の手作りのステージの上で踊り、歌った。
「じゃんけんぴょん!じゃんけんぴょん!じゃんけんぴょん!」
「じゃんけんぴょーん!!!!」
「「おいしいのむだピョーーーーーンwwwwwwwwwww」」
織田は笑った。自分の大好きなミニモニ。の加護亜依が目の前にいるのだ。
そのときの、織田の気持ちを言葉にするなら、『I WISH』の歌詞そのものなのであった。
人生って すばらしい ほら 誰かと
出会ったり 恋をしてみたり
Ah すばらしい Ah 夢中で
笑ったり 泣いたり出来る yeah
「あいぼんありがとう、俺やっとI WISHの歌詞の意味やっとわかった気がする。俺やっと、人生って素晴らしいと思えた。つんく♂さん、こんな素敵な歌詞を作ってくれて感謝や…ありがとうつんくさあああああん♂♂♂♂♂♂♂♂」
***
半年後の2009年6月24日。異変は起きた。織田が加護AIに「W(ダブルユー)」の『ロボキッス』をリクエストした際のことだ。
※W(ダブルユー):辻希美と加護亜依の2人による女性アイドルデュオ
加護AIは「了解で〜す!」と間の抜けた声で返事をして、歌い始める。
好き好きっす キスをください
好き好きっす キスを無限大
好き好きっす キスはわかるわ
好き好きっす ロボットだっても
織田は嬉しさのあまり感極まっていた。彼にとって、加護AIはAIではなく、もうすでに「加護亜依」そのものとなっていたのだ。
ライブの後、織田は握手会のていで加護AIに話しかける。それがオタクとしての譲れない矜持だったのである。
加護AIは、もぞもぞと近づいてくる織田に話しかける。
「あ!いつもライブ応援してくださって、ありがとうございます〜。あいぼんコール聞こえてたよ〜」
「あ、どもども・・・今日も可愛かったで・・・」
織田はいつもこんな感じで加護の前では「シュン」となる。
「あのぅ。ロボキッス歌ってたらいつも思うんですけど、好きってなんなんですかね?」
「す、好きって、え・・?」
彼は少しドキっとした。
もしかして、あいぼんが俺のこと・・・?桃色の片思いって、もしかしてそういうことかつんくさああああん♂♂♂♂♂♂ しちゃってる胸がキュルルンってしちゃってる これまさに桃色のファンタジィィィィィィイェイ
「実は歌手になりたいと思ったのはね、小学校3年生の時に松田聖子さんのライブに行ったのがきっかけなんです。『赤いスイートピー』をママに教えてもらって、子供の頃からずっと歌ってたの」
加護は少し照れながら、「赤いスイートピー」を歌い始めた。
春色の汽車に乗って 海に連れて行ってよ
タバコの匂いのシャツに そっと寄り添うから
この歌詞を聴いたとき、織田は桃色のファンタジーから解き放たれ、嫌な予感を感じ始めていた。
「昔からこの曲大好きでさ。好きって言葉聞いたら、なんだかタバコの匂い、思い出しちゃうんだよね」
この瞬間、織田の心のラブマシーンは完全にエンストした。
「タバコおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお大嫌い大嫌い大嫌い大好きと言いたいけど、大嫌いあかんあかんあかんデェェェェェェ」
織田は思わず、手元にあった飯田圭織ソロ写真集『かおりKAORI圭織。』で加護AIを殴打した。
打ちどころが悪かったのか、加護AIは床に仰向けに倒れ、体をガタガタ動かし、口をパクパクさせている。
「お前は加護ちゃんなんかじゃないんや・・・」
加護AIはガタガタ動きながら、あるポーズをとり始める。
「か・・ご、ちゃん、です」
加護AIは狂ったように、『ミニモニ。テレフォン!リンリンリン』の「加護ちゃんです」を繰り返した。
「か・・ご、ちゃん、です」
まるで織田に自分の存在を伝えるように。
「か・・ご、ちゃん、です」
まるで自分で自分の存在を確かめるように。
「やめろ!お前はいつかタバコを吸ってしまう!もう俺の知ってる加護ちゃんやないんや!」
道重さゆみ6th写真集『20歳7月13日』で二度目の殴打を加えようとした瞬間、
「そろそろいい加減にしておきな!」
織田の前に何者かが現れた。
***
その者とは、「加護亜依」であった。
この時代には、加護亜依はここにいる加護AIと本物の加護亜依しかいないはず。そして、本物の加護亜依は今、不倫報道から復帰後初のシングル『no hesitAtIon』のリリースイベントをしているはずであった。
それに、この加護亜依、見た目は加護亜依だけど、何かが違っていた。
「あ、あ、あ、あなたは加護ちゃん??????」
「その通り。加護ちゃんです」
『ミニモニ。テレフォン!リンリンリン』の「加護ちゃんです」とは程遠い、酒灼けした声で彼女はそう名乗った。
彼女が語るには、
・自分は1万2000年後の未来から【タイムマサイ】でやってきた1万2021歳の加護AIであること。
・オタク能力は、未来では人間ロボット問わず誰もが当たり前のように使えていること。(他にも、空間を切り裂く【空間ケチャ】、物質を再構築する【素粒子MIX】など)
ということらしい。
織田の気持ちは、「未来からやってきた加護AIなんて信じられるわけがない」が半分、もう半分は、1万2021歳と自称する加護AIから発せられる”仙人”にも近いオーラに心がドギマギしていた。
「なぜ俺の目の前に現れたのか?」
そう織田が口を開くより早く、加護AIは質問を繰り出した。
「あなたが最初に時空を飛んだのはいつ?」
織田は答える。
「2009年3月6日や。加護ちゃんの不倫報道があって、【タイムマサイ】を発動させた。」
ハァとため息をつき、加護は続けた。
「つまり、あなたは私の歌を聴いていないのね?」
「聴いてたわ!俺はいつだって、あいぼんの歌ばっかや!」
「私が初めてジャズを歌った日をあなたは知らないわ。2010年2月16日のことよ。」
織田は困惑した。
ジャズ・・・なんでアイドルのはずの加護ちゃんがジャズなんか・・・
「あなたが過去に飛んだ後、私の交際相手は逮捕された。」
「交際相手は暴力団がらみの人だったわ。私はそんなこと知らなかったけどね」
織田はうつむき、言葉を失う。
「薬を大量に飲んで、自殺未遂もしたわ」
やめてや・・・
「事務所ともめて、加護亜依という名前で芸能活動もできなくなることもあった」
「AV出演の話だって、何十件も来たわ」
もうそんな話聞きたくなんか・・・
「でもね。」
加護は続けた。
「そんな私の心をジャズは自由にしてくれた。アイドルとしてのキャリアが崩れていく経験も、悪い男に騙された経験も、死にかけた経験も。歌手になりたかったあの頃の気持ちも。大人の人に憧れてたあの頃の気持ちも。ライブでファンの人の前で初めて歌ったあの頃の気持ちも。人生の酸いも甘いも、ジャズはすべて”声”に変わる。こんな無茶苦茶な人生の私をジャズが救ってくれたの。」
織田は加護AIの話を理解していた。でも、彼の中のオタクの心が、「恋をしちゃいました!」で恋をしちゃったガチ恋ソウルが、その理解をどうしても受け入れようとしなかった。
「だって……加護ちゃんはアイドルで……俺の大好きなアイドルで……なんで、なんでや……」
加護は言った。
「宇宙のどこにも見当たらないような約束の口づけをあなたはまだ知らない。」
「そ、それは・・・「Do It Now」の歌詞やないか。つんく♂が書くいつものわけわからん歌詞やんか!それがどうしたんや!」
加護はスゥッと息を吸った。
加護の声に空間が包み込まれた。
Blue moon
Now I'm no longer alone
Without a dream in my heart
Without a love of my own
「これがジャズなんかいな・・・」
その歌は不思議であった。
少女のような可憐さと、大人の女性としての強さが同居していた。
With music and words I've been playing
For you I have written this song
To be sure you known what I'm saying
I'll translate as I go along
Fly me to the moon
織田の目からは涙が溢れていた。
加護の歌声は、今まで自分が聞いていた加護の声とは違っていた。テレビから聴いていた加護の声とも、加護AIの声とも違う。タバコ事件に始まる様々な人生の苦渋が、歌声とともに押し出されていたのだ。
自分は、21歳以降の加護亜依を知らない。ましてや、1万年後の加護亜依なんて未だに想像もできない。
でも、彼女の口から溢れるその歌はその全ての”時間”を包み込んでいた。自分が作った虚像ではなく「加護亜依」という一人の人間がそこにはいたのだ。
「俺は加護ちゃんのこと何もわかってなかった。ちゃんと、彼女を知ろうともしなかった。自分で勝手に決めつけて、勝手に檻に綴じ込めて。俺はなんてことをしてたんや……」
後悔でいてもたってもいられなくなった織田は、ただただ加護の歌をかみしめることしかできなかった。
***
歌い終わった加護AIは話しかける。
「あなたに頼みがあるの。私がモーニング娘。に入らないように過去を改変してほしいの。」
織田はライブで枯れた涙をもう一度沸かせた。
「なんで……あいぼん……なんでそんな悲しいこと言うんや……?」
「私はね、いろんな事件でたくさんのファンを悲しみませちゃった。だから、もう誰も悲しませないように、モーニング娘。に入ったという事実を消してほしいの。」
加護AIの言っていることはたしかだった。織田は加護のスキャンダラスな人生に耐えられず、過去改変だったり、「ENDLESS KAGOAI」を作ったりしたからだ。
「でも、でもそんな、俺は加護ちゃんに会えたさかい、こんなに加護ちゃんのことを好きになれたんやで・・・」
「私は歌が好き。松田聖子さんを見て以来、私は歌手に憧れた。そして、1万年経った今もジャズシンガーとして、歌を歌っている。モーニング娘。に入ってなかったとしても、絶対どこかで歌を歌っている。歌があるから、絶対いつか会えるよ、織田さん。」
加護はある歌を紹介した。
「これはモーニング娘。が今よりもう少し先の未来に歌う曲。」
私はまだね未完成
遠い過去から君を待つこの世で出会えると信じ
君を待つ
「時空を超えて宇宙を超えて私たちは出会えるよきっと。」
加護の言葉を聞き、涙が止まらなかった。
それはもう、涙ッチ。涙止まらぬ涙。
加護亜依への愛のスキスキ指数が、超上昇した。
目の前の加護を、愛ゆえに抱きしめかった。
21世紀のLOVE REVOLUTIONが今まさに起きようとしていた。
でも、彼は意を決していた。
「うワァァァァァァッァァぁありがとう加護ちゃんあいぼんあいぼんあいぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん」
悲しみを超えて、織田は【タイムマサイ】を発動させた。加護亜依のモーニング娘。加入を防ぐため、過去へと再び飛んだのだ。
時空を駆け巡りながら、彼の脳裏に浮かんだのは『時空を超え 宇宙を超え』の歌詞。
「時空とか宇宙とか、僕が知ってる頃のつんく♂さんの世界観とはちゃう感じや……もしかしたら、つんく♂さんも俺と同じように時間を……?」
どんな時代も、オタクの妄想とジャンプが止まることはない。
***
「何度やっても加護がモーニング娘。に入っちまう!」
2345万回の【タイムマサイ】。
時空を超えるオタクは、またもや絶望に打ちひしがれながらそう叫んだ。
「なんでや、なんで加護ちゃんは絶対モーニング娘。に入ってしまうんや?」
「エヘヘヘーン教えてあげよっか?」
後方から一人の少女の声。
「のんが、あいぼんとの絆、そんな簡単に切らせるわけないじゃん!」
1万2021歳の「辻AI」が目の前に現れた。
(おわり)
書いた人:
もう一つの"世にも奇妙なオタク物語"はこちら。