「自分たちオタクが登場すること」と「奇妙であること」だけがルールの短編WEB小説企画、「世にも奇妙なオタク物語」。
第3回は、INTERNET育ちカエデ・ワタセ(@kaede06)による、ネットミームを題材とした小説『童貞を殺す服』をどうぞ。
***
『――遺体は深夜2時ごろ死亡したと発表されており、死因についてはいまだ不明とされております。平雄二さんの遺族は』
今日も遅刻ギリギリの朝、リビングのテレビから流れてきた物騒な話題にくわえたパンは落ちていった。
この手の話題は珍しくない。毎日どこかの誰かが死んだり、殺されたりするニュースがながれる安全大国日本。
しかし、死んだとされる『平雄二』という名前には覚えがあった。
そして落ちたパンを母親が注意するよりも早く、自分のスマホのバイブ震え、母親のケータイに着信が入る。どちらも告げられたのは同学年で、去年までは同じクラスだった平雄二の死亡を知らせる連絡だった。
母はそれなりに驚いている。テレビで死んだと報じられている子が、まさか同じ学校で娘と同学年とは思いもしなかったようだ。
「え、あんた、どうする...」としどろもどろに聞いてくる母親を無視して、私は二階の自室へと駆け込んだ。
わざとらしくドアを勢いよく閉め、バタンという音の後は何も聞こえない。母親は思っただろうか、同級生が娘は死んでショックなのだと。今頃学校へ折り返し連絡して、娘はショックを受けているようで休むと言ってくれるだろうか。
しかし、今はそれどころではない。
Twitterのアプリを開き、同学年の友達しかフォローしていない鍵付きのアカウントから、8千フォロワーを超えるアカウントに切り替える。リプもリツイートもDMも2桁は溜まっている、私の「コスプレイヤー」としてのアカウントだ。
ニックネームは本名にかすりもせず、アイコンは最近ハマっているアニメのキャラ、呟く内容は大抵学校や家族に対する愚痴とアニメのことばかりだ。そして時々部屋でコスプレした写真を投稿している。
写真の中にはそれなりに「キワドイ」のもある。
それに反応してDMを投げてきた人の中には、平雄二がいる。しかも、昨夜まで私は彼とやり取りをしていた。
コスプレを始めたころ、身バレは確かに懸念していたことだが、人生で今までにないほどのRTと『いいね!』がつき、フォロワーも一気に4桁まで増えていく数の前では意味をなさなかった。
自分のことを評価してくれている快感、とでもいえばいいのか。空っぽの自分が満たされていく感覚は、日々のモチベーションと自信へと繋がっていく。
ただもちろん、リプライやDMの内容は下劣だ。人の品性はここまで腐敗し、思考はみすぼらしくなるのかという驚き。もはや人としての知性が足らず、人の姿をした出来損ないの猿だと思った。
平もその猿だった。
平はそこそこイケメンで、スクールカーストでも上のほうにいる。そんなやつが「エロ! これ俺ならワンチャンあるんじゃね?」と思い、「どこ住み?」と自分の顔が映るアカウントでDMを送ってきたわけだ。テラワロス竹林できた。
これは明日のガールズトークに花が咲き乱れると思い、そのままやり取りを続ける中で「おっぱい見せて」と、こいつは何の対価も払わずにJKの裸を求めてきた。世の中無料のものが増えすぎたせいで、リアルJKの裸さえ「無料」と思う人間は多いらしい。いや、猿だったか。
私はいつも通り無視しようとしたが、ふと思いついた。「ここでキワドイ画像の一枚でも送ったら、こいつの短小包茎が見れるんじゃね?」と。
それもまた一つ明日のガールズトークにどデカい花をおったてるだろうと思い、裸ではなくこの前の誕生日に友人からもらった服を着て、顔は見えないよう加工して写真を送った。
しかし既読がついたにも関わらず、返信がくることはなかった。
それもそうだ、彼は死んでいたのだから。
彼がどう死んだのか興味はない。ただ彼の死は、つまり、もしかしたら、死の直前までTwitterでやり取りしていた「私=コスプレイヤー」に繋がるかもしれない、という想像が駆け巡った。死んでしまったら本人の恥や秘密を守るものは何もない。
警察は彼が死の直前まで何をしていたのか調べるだろうし、国家機関の手によってアカウントがバレるのは一生にかかわると思った。
今すぐにでアカウントを消そう。いや、怪しまれるような気がする……。どうするべきか考えば考えるほど時間は過ぎていき、呼吸がどんどん浅くなっていき、気がつくと夕方になっていた。手汗は酷く、Yシャツもぐっしょり濡れている。
ハッと我に返り、ひとまず情報収集を始めた。もし私だとバレていたら、きっとSNSやLINEで友達が何か言っている。もし言われていたら社会的に死のう。
しかし私の心配も杞憂でクラスや友達のLINEは平に関することと、いつも通りの日常でありふれていた。SNSも荒れてはいない。私はホッと一息ついて、家のリビングに降りると父親が帰宅していた。
「……大丈夫か」
「うん……平気……。お母さんは?」
「今日のことで、保護者会に行ったよ」
「そっか」
それだけの会話を交わし、私はまとわりついた気持ち悪い汗を洗い流す。ひとまず、私は大丈夫だ。大きく息を吐く。遠くでサイレンの音が聞こえる。まだ拭えない不安を落とすように、熱いシャワーを淡々と浴びて出る。
リビングでは父親がニュースを見ながら夕食を食べている。TVからは彼の死について取り上げられていた。死亡理由が分からず、様々な専門家が死因を調べているらしい。私は関心を装いながら階段を速足であがり自室へ戻った。
スマホには友人からのLINEが届いていた。
「そういや死んだ平って童貞だったらしいよ。めっちゃヤリチンアピールしてたけど、エロ垢に熱心だったみたいw」
ドキリとした。そのメッセージに添えられたURLをたたくと記事へと飛んだ。記事の内容は死んだ平に関する噂や、ネットの特定班だとか、彼の鍵付きアカウントなどが晒されていた。彼自身に関する情報の真偽は分からないが、スクショされたフォローアカウントの肌露出率は高い。
もちろん私のアカウントも映っていた。さらに彼のいいね!したツイートもスクショされ公開されており、女性の大胆な服装の画像ばかりが並んでいた。大胆な横乳、下乳がこぼれる服、コスプレ、アソコが見えそうで見えないニットタイなど、エロ大好き人間だと一発でわかる。
「マセガキw」、「童貞乙」、「魔法使いになる前に死んだ男児の魂は受け継いだ」といわれのないコメントが下に続く。「童貞を殺す服に殺された男子高校生現る!」。そのコメントには不謹慎がらも吹いてしまった。
そして今朝の不安がよみがえった。警察の捜査などでバレているわけではないが、ネットの記事にはこうしてアカウントが張り出されている。Twitterを見ると、確かにこの影響なのかフォロワーが増えており、少しだけ悩んだ後、私はアカウントを消すことに決めた。
平に送った画像など、いままで上げていた画像は全部消し、フォローしてくれいる皆にお別れの言葉を書いていた。
ただこのまま消えるのも味気ない。そう思い、平に送った写真で来ていた服をタンスの奥から引っ張り出した。ノースリーブのワンピースニット。胸の部分はハート型の穴が開いており谷間がよく見える。私はベッドの上でポーズを決め写真を何枚か撮った。
いい感じに谷間が盛れた一枚を加工し、お別れの言葉を添えてツイートした。みるみるリアクションがあり、私の気分は今日一晴れやかになった。
「ちょといいか...」
ノーノック、ノーモーションで部屋に来訪者が来た。私は反射的に顔を向けて、それが父親だと認識した。
最初の感情は怒り。思春期多感な娘の部屋に無断で入ってきた無神経な父親死ね!
次に抱いたのが焦り。私の服装は娘のそれにふさわしくなく、普段温厚な父親の逆鱗に触れるだろう。
私は怒鳴れると思い、反射的に強く目をつぶった。
しかし、想像していた怒声はとんでこない。恐る恐る目を開けると、父親は白目をむき顔の血の気が失せ、バタリと受け身も取らずその場に崩れこんでしまった。一瞬何が起こったか理解はできなかった。
そして何を思ったのか、今着ている服から部屋着へと着替えてから父親に駆け寄った。何故そうしたか自分でも分からないが、そうするべきだと本能的な行動だった。
父親は息をしておらず、見よう見まねで脈を図ってみたがそれらしい手ごたえはない。心臓のあたりに耳を当てたが鼓動はしない。
――死んだ。
直感的にそう思った。悲鳴も出ず、自分の指先から冷えていく感覚。ただ頭だけは妙にクリアで間違えずに救急車の番号を押していた。すぐに救急車のサイレンが家の近くで聞こえた。そういえば、今日は妙にサイレンの音を聞いた気がする。
到着した2人救急隊は父親を救急車へと運んだ。妙に冷静な状況が気にくわなかった。2人の救急隊は取り立てて何もせず、私がテレビなんかで見る心臓マッサージやアドレナリン5mmなどの処置はなかった。
「お父さんって童貞ですか」
やや老け顔の救急隊員が急に聞いてきた。
「は?」
本当に何を聞いているのだろうか。父親が童貞? そんなわけないだろ。お前子どもの作り方知らないのか?
「部下が、失礼しました」
もう1人の救急隊員が割って入る。
「しかし大切なことなのです。昨夜から、お父様のような原因不明で亡くなる方が多いのですが、死因が、その、分からないのです。年齢、職場環境、生活リズム、持病などあらゆる共通項から、この症状は誰に発症するのか調べております。そして、今のところ判明している共通項が」
少し言い淀み、続ける。
「童貞なのです」
私は絶句する。そんな馬鹿な病気があってたまるか。童貞が死ぬ病気なんてあったら、この世の男性の半分くらいは死んでしまうじゃないか。それに父親は...、ふと頭の中で言葉が詰まる。
『平雄二』。私の知っている中で、父親の次に最近死んでしまった人だ。
彼と父親。私と会話したことがある、接触したことがある、男と女である。妙に冴えた頭で平雄二と父親、そして私の共通項を考えてみる。そして恐ろしい共通項にたどり着く。
平雄二も父親も死ぬ前に「童貞を殺す服」を着た私を見ている。
「そんな馬鹿なこと...」
「童貞を殺す服」を見た「童貞」が死ぬ。
しばらくして私はこれが事実だと知ることになるが、しかし殺した事実より、今も私のSNSを見て8千、RTされてより多くの人が死ぬ可能性よりも、私は別の違う恐怖に震えていた。
私の父親は、誰だったんだろう
書いた人:
過去の"世にも奇妙なオタク物語"はこちら。
doncry.hatenablog.com